如信上人終焉の地(法龍寺)

親鸞聖人の孫、如信上人最期の地

本願寺第二代の如信上人は、浄土真宗開祖親鸞聖人を祖父に、善鸞を父に、鎌倉時代の嘉禎元(1235)年、京都に生まれました。(如信上人絵像裏書による)
幼いときから青年時代に至るまで親鸞聖人の近くで生活され、成人の後は東国に下り、陸奥の国あるいは大網(いずれも福島県南部)を本拠地にして念仏を説いてまわられました。
やがて、陸奥の国の上金沢(大子町)に招かれ、正安2(1300)年1月4日、この地で遷化しました。66歳でした。(真宗大谷派東京教務所作成資料による)
この大子町大字上金沢の地には、如信上人の墓、弟子乗善房の墓、如信上人お手植えの榧(大子町指定天然記念物)、覚如上人(本願寺第三代)お手植えの銀杏が現存するほか、法龍寺本堂には水戸光圀公由来の如信上人座像(大子町指定有形文化財)、聖徳太子立像(大子町指定有形文化財)が安置されています。
如信上人終焉の地(法龍寺)


アクセス

茨城県久慈郡大子町大字上金沢1684

如信上人終焉の地(法龍寺)

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